今年の発表会の連弾テーマは、フランスの作家サン・テグジュペリの最も有名な作品「星の王子さま」です

この物語りは、ある時自分の星を出た王子さまが、様々な星に立ち寄った後地球に降り立ち、そこでキツネや蛇、そして砂漠に不時着した飛行機乗りの男との出会いを通し、本当に大切なものは何かということに気づいていくお話しです
中でも感銘を受けたのは、キツネとの出会いです
「一緒に遊ぼうよ」と誘う王子さまに対し、キツネは「あんたと遊ぶなんて、すぐには出来ないよ」と言い返します
キツネの言い分は、「だってまだ懐いていないから」
懐いていない、と言うと、まるでペットと飼い主の関係を表した言葉のようですが、そうではありません
お互いを時間をかけて理解していくうちに生まれる絆、その絆によって初めて相手が自分にとって、「その他大勢の誰か」だったものから「特別な誰か」へと変わっていくのだということを、キツネは「懐く」という言葉で表しているんです
これは何も人に限った事ではありません
物でもそうですし、行為そのものにも当てはまると思います
例えば「ピアノを弾く」という行為
子供の頃から長年弾き続けてきた身からすると、ピアノを弾くというのは当たり前の事となっています
だから簡単に投げ出したりもします
けれど本当は、そこまで時間をかけて育んできたピアノとの特別な関係があるはずです
もちろん、いつでも良い関係だった訳ではないでしょう
時にその存在が負担に思えた時もあるでしょう
けれど、そこには他の何かに置き換えられない、ピアノを介した濃密な体験や感情があったはずなんです
実は一昨年、子供の頃買ってもらったアップライトピアノを人にお譲りしました
その時は、どうしてもピアノが占めていたスペースを空けたくて仕方なかったので、ピアノを出す事に躊躇はありませんでした
けれど出してからしばらくして、そのピアノを思い出すたび私の胸は小さく痛むようになりました
全くフタすら開けることのなかったピアノでしたが、思えば父母が私のために買ってくれたピアノでした
電子ピアノという選択肢のなかった時代でしたから、そのピアノは習い始めた幼稚園児の頃買い与えてもらったものです
海のものとも山のものとも分からない小さな子供だった私
そんな私のためにピアノを用意してくれた両親のことを思うと、尚更私の心は痛むのです
あれは単なるピアノではありませんでした
子供の頃の私の相手をしてくれ、私を育ててくれたピアノでした
ちょっとぶつかった時は「ごめんね」と声をかけていたピアノでした
うまく弾けない時、鍵盤に当たっては「うるさい!」と両親に怒られたピアノでした
そんな思い出のたくさん詰まったピアノだったんです
王子さまは、キツネの言葉で気がつかされます
自分の時間を無駄にした分だけ大切なものになっていくものがあることを
私も同じように気がつかされました
あのピアノとさよならした事に後悔はありませんが、ずつと恋しく思っている、という事を
